立命館大学新聞のコラム欄「海神(わだつみ)」 記者が日々の思いを綴ります。
ピダハン語には過去形も未来形もない。この言語は、ブラジルアマゾナ州に移住するピダハン族によって話されている言語である。外との接触を拒むピダハン族のもとに、キリスト教の宣教師が訪れた。しかし彼らの心には響くことがなった。彼らがいつも現在に生きていたからだ。ピダハン語を言語とする人々は時制を表す言語がないため、過去を後悔する事も未来への不安もなかったからだ。神の教えが必要ない程、彼らは幸せに生きていた。
ピダハン語の概念を言葉で残した人がいる。パナソニック創設者の松下幸之助氏である。「どんなに悔いても過去は変わらない。どれほど心配しても未来もどうにでもなるものでもない。いま現在に最善を尽くす事。」父親の破産や戦争協力者としての公職追放。困難が立ちはだかる度に、それを乗り越えてきた彼が大切にしてきたのは今を生きるという事だった。
新型コロナウイルスの影響を受け私達の生活は大きく変わった。思い描いていた学生生活ではない現状を耐え忍ぶ日々かもしれない。過去を思い出し、大切だったと気付く空間や風景や時があるのだろう。また未来への不安がよぎることもあるだろう。そんな時、ピダハン語の存在や偉人が残した言葉を思い出す。現在に目を向けるんだというメッセージに耳を傾けた時、私達はきっとかけがえのない今を生きてゆける。(吉岡)