本学総合科学技術研究機構に所属する茜灯里(あかねあかり)助教が、日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した。この賞は、新しい才能と野心にあふれた新人作家発掘のため、一般財団法人の光文文化財団が毎年公募しているもの。人とウイルスとの戦いを描いた受賞作「馬疫」は今年2月に書籍化もされ、話題を呼んでいる。
舞台は、新型コロナウイルスの流行が収まった日本。いまだパンデミックの渦中にあるパリに代わり、2024年もオリンピックは東京で開催される予定となっていた。しかし五輪提供馬の審査会で、突然複数の馬が、新型でありかつ人を襲う狂騒型の馬インフルエンザを発症する。果たして五輪は無事開催されるのか。未知のウイルスに絡む黒幕の思惑とは。社会と科学をテーマに世相を反映したストーリーと、未知のウイルスに毅然(きぜん)と立ち向かう主人公の姿が、本作の魅力となっている。
茜灯里助教に行ったインタビューを、2週に渡って掲載する。
第2回目となる今回は、茜助教の学生時代や本学での取り組みなどについて話を聞いた。
〇学生時代は、どのような研究や活動をされていましたか。
学生時代を、私は何度も経験しています。最初は、東京大学理学部の地球惑星物理学科というところで、地球科学について勉強していました。科学記者を目指していたので、地震、宇宙、天気など、さまざまなテーマを扱う地球科学の学科なら、将来いろいろなネタが扱いやすくなるかな、と思い入学しました。当時は新聞社に入社できるよう、マスコミの専門学校に通うなど、研究よりも記者になるための勉強に邁進していました。
2度目の学生時代のきっかけは、新聞社入社後に、海外の科学記者と、日本の科学記者の違いに気が付いたことです。日本の科学記者は文章を書くことが得意な文系の方がほとんどですが、海外では、博士号を持った、専門知識豊富な方が担当する場合が多いです。取材相手の科学者と対等な立場で記事を書き、協力して本を作る、なんてこともあると聞きました。私は、どちらかというと外国型の科学記者になりたい、と思い、退職して大学院に行くことを決めました。大学院では、地球科学と同じ分野で、地球の進化についての研究を行っていました。マグマなどから検出される石を割って、その中にあるガスから昔の地球の様子を調べる、といった内容で、博士号まで取得しました。新聞社は退社していましたが、代わりにフリーの科学ライターをしていたので、仕事をしつつ研究もする、充実した毎日でした。
3度目の学生時代は、獣医学部で過ごしました。科学ライターだけではなく、大学の教員としても働いて、かつ馬術競技の国際大会に選手として出場している時期だったので、とても忙しかったです。不真面目、という言い方はおかしいですが、授業は要領よく受けていましたね。授業で馬と触れ合う機会も多くありました。学生の身分では、怪我をした馬や瀕死の馬がいても治療してあげることができず、悔しい思いを何度もしました。免許を取って学校を卒業したら、ちゃんと治してあげるからね、と心のなかで繰り返しながら、勉強したことを覚えています。
〇先生は現在、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のセンター・オブ・イノベーションプログラム(COI)における、横断的課題の対応を行うCOI構造化チーム「学生&若手・共創支援グループ」のリーダーを務めていらっしゃるとお聞きしています。本学では、具体的にどのような活動をされていますか。
立命館大学では「科学コミュニケーション」という分野を担当しています。大学や研究所といった科学の現場と、一般の方を結び付ける分野で、スポーツ健康科学部などで講義をすることが多いです。例えば、80歳を超えても元気に歩くためには、今から足腰を鍛える運動をするといいですよ、と言っても、普通は面倒くさくてやりたがらないですよね。では、どのように変えたらよいのだろうか、ということを、学生の方たちと一緒に考えます。一般の方たちの意見を取り入れた、楽しい体操を作れば、運動しやすくなるのでは、という提案があれば、それを実行してみたり。他にも、甲賀でイベントをしたときは、学生の方たちと忍者の恰好で、子どもと忍者ポーズを考えたり、一緒に忍者体操をしたりして、遊びながら体を動かしました。そういった、科学や研究の面白さを、一般の方にも分かりやすく伝える活動をしています。
また、科学コミュニケーションには、科学の敷居を下げることの他に、一般の方に科学リテラシーをつけてもらう役割もあります。最近ではコロナワクチンについての話題が、毎日のようにニュースで取り上げられていますよね。「怖いから打ちたくない」「何か国が副作用を隠しているのではないか」など、世間ではいろいろな噂が飛び交っています。そういった不確かな情報のなかから、何を基準に、何を信じればいいのか。信用できる先生の話や科学的に証明されたデータなど、評価する材料はたくさんあります。そういった、自分なりの科学の評価方法や信じる基準を探す手助けをすることも、科学コミュニケーションの活動の一環です。
〇ご自身の研究や経験を作品に落とし込む際に、何か意識していることはありますか。
主人公たちの行動や会話を通して、科学の面白さを見せることを意識しました。地の文で、事実をただ淡々と説明することは簡単ですが、それでは科学論文のようでつまらないですよね。感染経路を知った主人公が興奮してそれを話す姿や、会話のなかから何か問題解決の糸口が見つかるシーンを描くことによって、読者の方にも科学の面白さを追体験してもらえるよう心掛けました。
また、選考委員の方には「馬だけでなく、オリンピックという、一般人にもなじみのあるものを取り入れたところがよかった」と講評をいただきました。理系ミステリーであっても、科学や研究のことだけでなく、親しみやすい事象やキャラクターの人間像を描くことが必要であると考えています。
〇今後はどのようなテーマを取り扱っていきたいですか。
これからも、社会と科学とテーマに、世相を反映した作品を書き続けていきたいです。パラレルワールドのような、ありそうでない世界を通して、社会と科学に興味を持ってほしいという思いがあります。そして「こんな世界にするために、もしくはこんな世界にならないように、私たちは何をどう変えていったらいいのだろう」。そんなことまで考えてもらえたら、より嬉しいです。
〇本学の学生に向けて一言、お願いします。
理系の教員が小説を書くというのは、少し珍しいことかもしれません。学生の皆さんも、今所属している学部や行っている研究から、ご自身の就職先や進路を決定する場合がほとんどであると思います。しかし、今の自分からは遠く離れた夢でも、努力を続けていれば、力がついて、チャンスが回ってきて、いつか必ず花開きます。今の自分にとらわれず、持っている夢を大切にしてください。
【サイエンス・ライティング講座(入門編)のお知らせ】
茜灯里助教が講師を務める「サイエンス・ライティング講座(入門編)」が5月19日より開講している。
【概要】
本学が中核機関となっている文部科学省COIアクティブ・フォー・オール拠点主催において、全国から無料で視聴できる「サイエンス・ライティング講座」をウェビナーとYouTubeで配信します。講座名は「サイエンス・ライティング」ですが、科学トピックスのみを扱うという意味ではなく、「書き方のコツを科学的に分析して」わかりやすい文章を書くことを目指します。未来を切り開く若手研究者育成を目的としておりますが、若手研究者をはじめ、学生、教職員、会社員、一般の方々など、どなたでも受講可能です。文章を書くのが苦手な方、伝え方のポイントを学びたい方、レポートや報告書で効果的に書きたい方など幅広くご参加をお待ちしております。
【日程】
2021年5月19日(水)~6月23日(水) 毎週水曜日18:00~18:45(全6回)
【詳しくははこちら】
http://www.activeforall.jp/science_writing
(波多野)