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わだつみ像を振り返る(上)

現在、本学衣笠キャンパスの平井嘉一郎記念図書館に設置されているわだつみ像。立命館学園の教学理念「平和と民主主義」を象徴するわだつみ像は、アジア・太平洋戦争末期、戦場にかり出され、再び生きて帰ることのなかった戦没学生たちの「嘆き」・「怒り」・「苦悩」を表している。

学徒出陣から80年、わだつみ像建立から70年を迎える本年度。本学史資料センターの奈良英久さんと齋藤重さんに話を聞き、わだつみ像の歴史を振り返る。

わだつみ像の制作

アジア・太平洋戦争末期、兵力不足に陥った日本は学生の徴兵猶予を停止。全国の大学生・専門学生がペンを銃にかえて入隊・出征し、多くの戦死者を出した。
時は流れ、戦後の1949年10月。東京大学協同組合出版部を中心とする有志が、全国の戦没学生の遺稿を編集した『きけわだつみのこえ―日本戦没学生の手記』を刊行。この遺稿集は日本全国で大きな反響を呼んだ。そして1950年4月22日、『きけわだつみのこえ』の編集者らがその刊行収入を基に、「日本戦没学生記念会(わだつみ会)」を結成。その事業のひとつとして、戦没学生記念像「わだつみ像」の制作を企画したのだった。
着々と準備が進められたわだつみ像は、1950年9月に彫刻家・本郷新氏によって完成。東京大学に建立が予定されていた。しかし建立数日前、東京大学が建立の申し入れを否決。1951年からの2年間、わだつみ像は本郷氏のアトリエに眠ることとなった。

記者のメモ

★学徒出陣とは?
太平洋戦争における徴兵猶予措置停止に伴う学生の入営・入団・出陣を指す。従来、大学・高等学校・専門学校などの学生は兵役法などにより26歳まで徴兵を猶予されていた。しかし1943年、政府は兵力不足に伴い、学生の徴兵猶予の停止を閣議決定。理工医系・教員養成学校以外の大学・高等専門学校の満20歳に達した学生は徴兵の対象となった。出陣した学徒数は20万人程度と推定され、その多くは短期の訓練を受けたのち、中国大陸や南太平洋の最前線に送られた。(『国史大辞典』参照)
★「わだつみ」とは?
「わだつみ」は「わた(海)のかみ=海をつかさどる神」を意味している。京都在住の歌人で、学徒兵を経験した藤谷多喜雄氏の短歌「なげけるか いかれるか はたもだせるか きけはてしなき わだつみのこえ(嘆くのか 怒るのか 沈黙するのか 聞け果てしない 海神の声を)」から由来する。(『立命館百年史』参照)

立命館大学でのわだつみ像誘致と建立

わだつみ像が本郷氏のアトリエに収容されるなか、わだつみ会の活動は各大学・高校に波及。全国にわだつみ会の支部が作られていき、1951年春には本学においても「わだつみ会立命支部」が結成された。
その後、わだつみ会立命支部、および同時期に結成された「反戦学生同盟立命支部」は大学・学友会に働きかけ、立命館学園関係戦没者を慰霊する「全立命戦没学生追悼慰霊祭」を開催。太平洋戦争開戦日の12月8日に行われたこの慰霊祭には、500名を超える学生・教職員が参加し、そこでわだつみ像を立命館大学に誘致することを決定した。その後、当時の総長である末川博氏を中心に進められた誘致活動は実を結び、1953年11月8日、わだつみ像が立命館大学に到着。
しかしその日、わだつみ像を歓迎する大会に参加しようとした学生100名あまりが、荒神橋(京都市上京区・左京区)で警察官に通行を阻止され、橋の上から10数名の学生が転落して重軽傷を負うという「荒神橋事件」が発生する。このような事件を経ながらも、わだつみ像は広小路キャンパスに建立され、1953年12月8日に除幕式が開催された。

記者のメモ

★警察官はなぜ荒神橋で学生たちの通行を阻止した?
奈良さんは「それには当時の社会的背景が関係している」と語る。
1953年当時は、朝鮮戦争に象徴されるように東西対立が激化した時代。アメリカの占領政策を受け資本主義体制に組み込まれた日本は、ソ連や中国の社会主義・共産主義体制を敵視する国内政治状況だった。国内では社会主義・共産主義思想を基礎においた労働運動・学生運動もまた激化していたため、これを排除しなければ、日本に社会主義・共産主義革命が起こってしまうという危機感が強かった。このため警察は、学生のデモや集会(特に反戦平和運動)、無届のデモには、暴力をもって対処することがあったのだという。

(文責・下田)

立命館百年史編纂委員会『立命館百年史 通史第二巻』(立命館、2006年)。
立命館史資料センター「<懐かしの立命館>立命館大学の長い1日 その日『わだつみ像』は破壊された」(2017年01月10日)
〔https://www.ritsumei.ac.jp/archives/column/article.html/?id=125〕(最終検索日 : 2023年3月28日)。
国史大辞典編集委員会『国史大辞典(デジタル版)』(吉川弘文館、2010年公開)。

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