現在、本学衣笠キャンパスの平井嘉一郎記念図書館に設置されているわだつみ像。立命館学園の教学理念「平和と民主主義」を象徴するわだつみ像は、アジア・太平洋戦争末期、戦場にかり出され、再び生きて帰ることのなかった戦没学生たちの「嘆き」・「怒り」・「苦悩」を表している。
学徒出陣から80年、わだつみ像建立から70年を迎える本年度。本学史資料センターの奈良英久さんと齋藤重さんに話を聞き、わだつみ像の歴史を振り返る。
前編はこちら。
大学紛争下での損壊
1969年5月、大学紛争下で全学共闘会議(以下、全共闘)の一部学生が、広小路キャンパスに建立されていたわだつみ像を損壊する。首に太綱をかけて引きずり倒されたことで、左腕や左額が破損し、わだつみ像はそのまま校庭に放置された。わだつみ像が損壊されたその日のうちに、大学は全共闘の行為を「許しがたい暴挙」と強く批判。ただちにわだつみ像の修復または再建に取り掛かると宣言した。
さらにその数日後、大学や学友会がわだつみ像破壊に対して抗議集会を共催。集会には末川博名誉総長も参加し「わだつみ像再建実行委員会」の結成が可決された。またわだつみ像の破壊に対しては、全国各地からも抗議のはがき・書簡が届けられたという。
当時を体験した齋藤さんは、その様子を振り返り「全共闘が破壊した建造物などはとてもひどい様子だった。どんな考えや意見をもつのかは自由だが、暴力だけには決して頼るべきでない」と語る。また奈良さんは全共闘の行為を「自らの大学を改善するために自らで大学を破壊するという矛盾した過ち。そして学びたい学生の勉学条件をも奪う行為」と表現した。
記者のメモ
★大学紛争、全共闘とは?
大学紛争とは、1960年代末期に日本で続出した学園紛争。大学の教育や運営、政策などをめぐり、行政当局や大学教職員、学生の三者間・内部で主張が対立し、争いとなった。また全共闘とは大学紛争の際、既成の学生自治会組織とは別に、無党派学生らが各大学で結集してつくった運動組織。(『大辞泉』参照)
★全共闘の学生はなぜわだつみ像を破壊した?
わだつみ像破壊後の『朝日新聞』朝刊にて、全共闘の学生は、戦後日本における反戦平和の国民感情・運動が「口だけ」のものであり、全共闘の学生の志向する「体制」変革にはつながらないとして、国民大衆の覚醒のために「告発として像を破壊した」と主張している。(『立命館百年史』参照)
2代目わだつみ像の制作と現在
1969年5月下旬、大学は「わだつみ像再建実行委員会」を発足。10月には全国的運動としての拡がりを見せ、全国から約500万円の募金が集まり、1970年12月、2代目のわだつみ像が再建された。しかし2代目わだつみ像は元の場所には再建立されず、1976年、衣笠キャンパスの中央図書館(2016年度に移転)に再建立。再建立されるまでは、毎年5月20日と12月8日(不戦のつどい)の式典の時だけ、初代と2代目のわだつみ像が学生の前に姿を見せていたが、再建立後、初代わだつみ像は大学の書庫に置かれて非公開となった。
齋藤さんは、2代目わだつみ像の作成から再建立までに4年の隔たりがある背景について「全共闘の破壊行為は学生・教職員・市民にとってトラウマになっており、公開することでまた何者かが破壊するのではないかという恐怖心があった」と当時の人々の心情を述べる。
まとめ
〇わだつみ像を学ぶ意義
奈良さんは、本学にとってわだつみ像は2つの時代の学生の姿や気持ちを内包しているという。
「ひとつ目は、戦時中学徒出陣や勤労動員によって勉学を中断しなければならなかった時代の学生たちの姿や気持ち。ふたつ目は、戦後民主主義にあって学ぶ自由が保障されているにも関わらず、自らの学ぶ環境を自らの手で破壊してしまった時代の学生たちの姿や気持ち」だとして「前者は暴力の世界にやむを得ず引きずり込まれていった学生たちだが、後者は自ら暴力の世界に飛び込んでしまった。これらを通して、暴力がなぜ絶対に許されないのかという理由を考えてほしい」と学生に呼びかけた。
〇学生へのメッセージ
奈良さんは学生に対して「わだつみ像を取り巻く戦時中・大学紛争時の歴史は、昔の、どこか別の世界の話ではない。歴史は過去・現在・未来と途切れることなく繋がっている。過去の出来事を学ぶことは、現在の理解に繋がり未来を創造する大切な経験と知識になる。我々が過去を学ぶことを忘れたとき、現在の理解も鈍り、未来も見いだせなくなり、過去の過ちを繰り返すリスクもはらむ。学生の皆さんには、現在の様々な出来事を考える時、ぜひ過去の歴史を学び参考にしてほしいと思う。そこに必ず良いヒントがあるはず」と呼びかけた。
(文責・下田)
立命館百年史編纂委員会『立命館百年史 通史第二巻』(立命館、2006年)。
立命館史資料センター「<懐かしの立命館>立命館大学の長い1日 その日『わだつみ像』は破壊された」(2017年01月10日)
〔https://www.ritsumei.ac.jp/archives/column/article.html/?id=125〕(最終検索日 : 2023年3月28日)。
『大辞泉(デジタル版)』(小学館、2022年12月16日更新)(最終検索日 : 2023年3月28日)。