加害の歴史、暗い歴史を極力取り上げたくない――。来館者数が意識される中で、加害の歴史が揺らいだ。本学国際平和ミュージアムが2期リニューアルを終えて2年が経った今も、来館者目線の「分かりやすさ」を求め、単純化に走りかけたリニューアルの準備過程を問題視する声がある。(井本)
2期リニューアルの内幕を証言する市井吉興教授「分かりやすさ」求め単純化 歴史修正···
「戦争で傷ついたのは日本だけでなく植民地も同じ。植民地支配など加害の責任も見つめるのが、本学のミュージアムの特筆すべき点だ」
展示内容を検討した部会B(戦後の世界)の座長だった加国尚志教授は、ミュージアムの展示に関する方向性を評価する。
学校教育で日本の加害を語りづらい現状や、マスメディアが加害責任に触れることが少ない点が近年指摘されている。
「加害の語り」を巡る社会的な状況が後退する中、2期リニューアルでは「帝国主義の時代」や「十五年戦争」の実相を被害と加害の両面からアプローチした。
ミュージアムのルーツは、市民が主体となって企画していた「平和のための京都の戦争展」にある。1992年、世界初の「大学立の平和博物館」として開館。以降、戦争と平和を学ぶことができる施設として、幅広い年齢層の人が来館している。
部会Bが担当したテーマ展示「尊厳の回復を求めて」では、慰安婦問題などの戦後補償に着目した。
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リニューアル中の2022年4月、加国教授は、部会Bを担当する学芸員が担当から外れることを知った。
「展示は学芸員がつくるものだ。展示の方向性は研究者が決めても、どんな史料を用いるのかはミュージアムにある史料を熟知している学芸員の力が必要だ」
部会Aの座長だった田中聡教授も「その学芸員が史料を一番よく分かっている。担当から外れたら、リニューアル展示そのものが成り立たない」と話す。
加国教授は担当の変更を抗議するも受け入れられず、部会Bの座長を辞任した。
2カ月後、教員に共有された年表構成案は、南京戦や慰安婦問題など加害の歴史の項目が抜け落ちていた。各部会の決定と大幅に異なるものだった。
当時副館長だった市井吉興教授は、構成案が部会の手を離れてから、職員らが部会の決定とは異なる意向を、展示設計などを担った丹青社に伝えたとみている。
「教職協働で大学運営してきたことが本学の良いところだった。2期リニューアルは職員が主導し、教員らを排除するような動きがあった。教職協働とは言えない」
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準備過程で、一部の職員は「来館者目線」「未来志向」という言葉を繰り返した。「小・中学生の来館が多いとはいえ、分かりやすさを優先して、レベルを落とし、歴史像を単純化するべきではない」と、加国教授から部会Bの座長を引き継いだ細谷亨教授は批判する。
田中教授は「あったことをなかったことにはできない。展示内容を中学生にも分かるようにというのは、中学生の理解力を先入観で捉えているのでは」と話す。
「少し難しくても、ガイドの解説を聞いたり、自分なりのテーマを見つけて考えたりできれば良いはず。レベルを落とす方が不誠実だ」
多様な立場の人の来館を想定し、海外の人にも分かるような戦争の語り方にするべきという声もある。
田中教授は「海外からの来館者を案内したこともあるが、ミュージアムのコンセプトに対して批判されたことはない。ミュージアムが積み上げてきた内容が一定の共有や共感を得ているということだ」と語る。
市井教授は、一連の動きは「いわゆる歴史修正主義的なものとは異なる」と指摘。「来館者数の増加など分かりやすい成果が優先され、展示にも反映されかけていた」と、職員らの意識を問題視する。
■博物館、問われる存在理由
博物館の設置や運営について定める改正博物館法が23年に施行された。
博物館法の目的は、社会教育法に加え、文化芸術基本法の精神に基づくこととされた。また地域の多様な主体と「文化観光」を図り、地域の活力の向上に取り組むことが、新たな役割として盛り込まれている。
博物館は文化観光の拠点施設として、一定の役割を担うことが期待されている。
田中教授は「大学立の博物館は観光で人を呼ぶことが目的ではない。展示を通して来館者に問いを投げ掛け、考える時間を提供できたらいいのでは」と話す。
リニューアルに携わった関係者は、「博物館は開館時のミッションが大事。本学のミュージアムは、戦争展にルーツを持つ。観光のための博物館ではなかったはず」と指摘する。
「開館時は戦争体験を主とする展示だったが、(05年の)1期リニューアル以降は平和学の視点が加わった。個人の体験や証言の展示も増えた。時代によって何を展示するかは変わっても、何のためなのかは変わってはいけない」
博物館学に詳しい文学部の岡寺良教授の話「博物館法の改正は、これまでの博物館活動をより多くの人に伝えられると前向きに捉えることができる。一方で、そればかりに注力してしまうと博物館本来の使命である収集・保存・調査研究がおろそかになる危険性があり、存在理由がなくなってしまうのではと懸念している。双方をバランスよくこなしていく体制づくりが、今後の博物館に求められている」
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