◆文学部教授
私は、これまで「思想が強い」という言い方を見聞きしたことがなかった。けれども、たとえ初めて聞いたものであっても、「思想が強い」という表現が持つ意味を推測できる。
さの・まさき 専門は生成文法。最近の論文に「意志性、道具的with/デ、そしてonly/ダケとのインタラクション」その対である「思想が弱い」に関して、「思想が強い」にはない、表現の組み合わせの不自然さを覚えることも可能である。
さらに、「思想が強い」という表現が、例えば「(彼は)酒が強い」とは違って、プラスの評価をするような意味では使われないことも推測できる。
「個性が強い」と「個性が弱い」の対のような、新奇ではない言語表現について当てはまることと全く同様のことが、「思想が強い」と「思想が弱い」の対のような新奇な表現についても自動的に当てはまっている。
初めて見聞きする表現であっても、その言葉の組み合わせの自然さや意図する意味を、判断できるということだ。
このような判断は、SNS(交流サイト)を頻繁に使い、「思想が強い」といった表現に慣れている人であっても、そうでない私であっても、変わりなく共有される判断である。
◇ ◇ ◇
個人の経験の違いを超えたものが共有されるのは、経験に依存しない、共通の「言葉の仕組み」、文法が、私たちの頭の中にあるからである。
私たちは、「名詞+が+形容詞」といった、文法の「鋳型」に縛られるからこそ、自由に「思想が強い」といった新たな表現を創造できる。
そして、そこに込められているマイナスの意味さえも共有することができるのだ。
(聞き手・吉江)
[深耕深考]私って「思想強い」? 森達也客員教授、白戸圭一教授、ほか 近頃、特定の人を揶揄する言葉として「思想が強い」がしばしば使われる。SNS(交流サイト)などのインターネット上で頻繁に見られる言...
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