WEB特集

ロヒンギャへの道《連載》

「東南アジア最大の人道危機」といわれるロヒンギャ問題。本紙記者がミャンマー、バングラデシュ、そして日本のロヒンギャの現状を取材します。解決の糸口が見えないロヒンギャ問題を日本の学生という立場から考えていきます。毎週水曜日連載。

記事一覧

【連載】ロヒンギャへの道 第21回「ひとまず旅の終わりにーI am just poor boy」

ヤンゴンでの取材を終えた私は、バンコクに向かう航空券を購入した。日本に帰る前にバンコクでどうしても会いたい人がいたからだった。タイの首府であるバンコクはこの旅の出発地点であり、もっとも印象に残った都市でもあ

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第20回「ミャンマームスリムとロヒンギャ」

 ヤンゴンは英国占領期の首府で、現在もブリティッシュコロニアル式の教会や裁判所跡が残り、西洋の香りを感じさせた。しかし一歩、路地裏に入ると東南アジアの日常がある。朝には屋台でモヒンガーというヌードルを、老若問わず啜り上げ

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第19回「ヤンゴンの憩いーラカインからの帰還ー」

 マウンドー行きを断念した私は、その日の午後にシットウェからヤンゴンまで向かうバスのチケットを購入した。翌朝5時、バスはシットウェを出発した。ヤンゴンまでは順調にいっても、23時間かかる。乗客の車酔いを防止

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第18回「恐怖と安心」

 シットウェで投宿していた安宿はあまりに蚊が多いので、街中の商店で蚊取り線香を購入した。缶に富士山が描かれた「FUJI」という名の蚊取り線香は、火を点けると一気に燃焼して、すさまじい煙が部屋中に立ち込めた。

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第17回 「危険と抑圧―ミャンマーの暗部」

ラカイン州では「ロヒンギャ」という用語は禁句である。シットウェの携帯ショップで店員のラカイン女性と会話していた時、ふとした拍子に私が「ロヒンギャ」という言葉を発すると、女性は血相を変えて「その言葉を使わないで」と抗議した

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第16回「あの日の記憶ー青年の証言―」

 IDPキャンプが形成される原因となったのは、2012年にラカイン州で発生したロヒンギャとラカイン族との衝突だった。衝突の際、シットウェに住んでいたロヒンギャの身に何が起こったのか。ロヒンギャの青年(25)が匿名と取材場

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第15回 「キャンプの中の生活ーシットウェからー」

 IDP(国内避難民)キャンプはシットウェの街中から、北におよそ4キロの所にあった。検問所があるキャンプの入り口は狭いが、入ると途方に暮れるくらいだだっ広い荒原であった。海風が吹きつけ、土壌は乾燥している。およそ農作には

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第14回 「国内避難民として生きる人々」

 シットウェでは「プリンスホテル」に泊まっていた。名前は立派だが、1泊7000チャット(560円)のおんぼろホテルだった。シングルルームで、壁は汚れていて蚊帳はほつれていた。消灯し寝静まると南京虫に苦しめら

コメントなし

【連載】 ロヒンギャへの道 第13回「ラカイン族の求め―複雑な情勢―」

ラカイン州の経済的な立ち遅れはロヒンギャへの迫害だけでなくラカイン州内での自治権拡大などを目的とした武装組織・アラカン軍(AA)の動きにも繋がっている。アラカン軍の過激な動きはかねてより指摘されてきたことであるが、201

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第12回「貧困と民族問題」

2012年にラカイン人とロヒンギャとの間で発生した衝突以後、シットウェではおよそ12万人のロヒンギャが郊外の国内避難民キャンプに追いやられ、街中に残ったおよそ4000人のロヒンギャは金属柵によって外界から隔離されていた。

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第11回「真実を求めて」

 2012年にラカイン州で発生したロヒンギャによる仏教徒女性(ラカイン人)へのレイプ事件が、シットウェでのロヒンギャとラカイン人との共存関係を破綻させる原因となった。レイプ事件の後、仏教徒(ラカイン人)による苛烈な報復に

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第10回 「柵の中の生活―シットウェから―」

 シットウェに住んでいたロヒンギャの大半は2012年の衝突以後、郊外の国内避難民(IDP)キャンプに逃れたが、一部のロヒンギャは街の中心部に残った。中心部に残ったロヒンギャが住む地域はアウミンガラと呼ばれて

コメントなし

【連載】 ロヒンギャへの道 第9回 「収容所のある街から」

 首府の朝は早い。街の中心部にある時計台が5時を示すと一斉に人々が動き出す。この街はかすかに潮の匂いがする。港に向かってみると帰港した漁船から市場へと釣果が運ばれていた。魚を獲るのは男の仕事で、水揚げされた

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第8回 「ロヒンギャと近隣住民の関わり」

ミャウー郊外の村に住むロヒンギャの生活を取材してきた。レンタルした日本製の古い自転車(埼玉県警の防犯登録が貼っていた)でミャウーから1時間ほどかけてロヒンギャの村に通っているうちに村人ともだんだんと顔なじみになっていた。

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第7回 「偶然の出会いが旅を」

ミャンマー西部の都市・ミャウー近郊にあるロヒンギャの村で偶然にして2人の日本人との出会いがあった。そして、これらの邂逅がロヒンギャをめぐる旅に深く作用することになる。 子どもたちに付き添われながら村内を撮影

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第6回 「第三者として思うこと」

ロヒンギャの村の近くには枝先の広がった菩提樹のような大木があって、木陰では薪売りの老人が小休憩をとっていた。大木のそばにはクロード・モネの「積みわら」みたく干し草が積まれていた。干し草を食べる牛は大便をばらまきながら、の

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第5回「食い違う主張ーロヒンギャの視点ー」

新宿駅から湘南新宿ラインと東武伊勢崎線を経由して北におよそ1時間半。大田に続く東武小泉線、足利へ続く東武伊勢崎線、佐野へ続く東武佐野線が分岐する場所に群馬県館林市がある。この館林には日本に住むおよそ300人のロヒンギャの

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第4回「食い違う主張―ラカイン人の視点―」

ミャンマー人のロヒンギャに関するイメージは1971年以降に流入した「4つ目の層」の人々である。そのために「ロヒンギャは移民であり、歴史もなく民族としては認められない」というのがミャンマー人仏教徒の一般的認識であった。 第

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第3回 「ロヒンギャの4つの層ーその歴史ー」

ミャンマー政府はロヒンギャをベンガル地域(現在のインド東部とバングラデシュに当たる地域)から流入した不法移民とみなしている。1982年に施行した改正国籍法では土着135民族からロヒンギャを排除した。 その一方で前回、村を

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第2回「ロヒンギャとの出会い」

ロヒンギャ(記事下に解説)の村へと続く道を歩いていた。ミャンマー西部の3月は乾季の終わりである。最高気温は30度を超え、シャツに汗がにじむ。 ミャウーから南に伸びる道には「HONDA」のバイクや「NISSAN」のトラック

コメントなし

【連載】ロヒンギャへの道 第1回 旅の始まり

2017年8月25日未明、ミャンマー西部のラカイン州にて、アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)と自称するグループがおよそ30ヶ所の治安施設を襲撃し、警官ら10人以上が死亡した。翌日の朝日新聞朝刊にはこうある。 「同地区

コメントなし

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。