学友会が大学との向き合い方を、要求実現運動から学園共創活動へと転換して3年がたつ。大学とともに学園を創るという理念は理解できる。だが、その担い手であるはずの学生の声は、いま本当に学園へ届いているのか。公開全学協議会も控える今、学園共創活動の3年を総括する必要がある。

学友会の自治は、全学や学部ごとの学生アンケートを軸に動いている面がある。そこに表れた意見を学友会が大学に伝える、という形だ。クラスを最小単位に声を積み上げる旧来のボトムアップ型自治が成り立ちにくくなるなか、この方法にはやむを得ない面がある。

しかし、中央パートと大学側の折衝が、経緯も結果も学生に開かれず、そこに学生からの負託も伴わない「ボス交渉」に終始していれば、羊頭狗肉(ようとうくにく)とのそしりを免れない。

その典型が学費だ。学友会は近年、物価連動による学費値上げを容認する姿勢に転じている。学園財政を安定的に維持するには仕方が無いという理屈だ。財政を重んじる判断それ自体に理由はあろう。だが各種の調査が一貫して示すのは、学費が学生とその家庭に重くのしかかる現実だ。

重い負担を学生に求める判断を、当の学生に諮らないまま下してよいのか。容認するにせよ反対するにせよ、まず学生に問い、説明することが先ではないか。

学園共創は、大学側におもねることではない。学生の立場から意見を伝えてこその共創のはずだ。

学友会は、言うまでもなく学生に対する説明責任を負う。しかし現状はどうか。密室の懇談会で交渉が完結し、学生への十分な説明を欠いてこなかったか。

背景に、学生の自治意識が低迷するなかでトップダウンに傾かざるを得ない事情があることは分かる。それでも、置かれた状況がどうあれ、学友会は説明責任を果たす努力を怠るべきではない。

学園共創活動の3年を総括する必要がある。