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「性暴力のない世界を作りましょう」 ノーベル平和賞医師に名誉博士号

本学は10月7日、紛争下のコンゴ民主共和国で性暴力被害にあった女性を治療し続け、2018年にノーベル平和賞を受賞した婦人科医のデニ・ムクウェゲ氏(64)に名誉博士号を贈呈した。贈呈式と記念講演会が以学館1号ホール(衣笠キャンパス)であり、学生や市民など600人が集まった。

仲谷学長から名誉博士号を授与されるムクウェゲ氏

講演会でムクウェゲ氏は、母国の性暴力の実態を訴えた上で「尊厳のある公正で平和な、そして繁栄した世界を実現するために今日からただちに女性と行動しましょう」と語りかけた。友人と共に参加した小川玲香さん(映像3)は「女性の人権という問題に男性が取り組むことが大切。コンゴの問題だけど、他人事ではなく、自分事として考えたい」と述べた。講演会の後には、本学学生との懇談会が催され白熱した議論が展開された。

本紙では、前後半にわたって講演会と懇談会の模様をお伝えします。前半の今回は、講演会の要旨を掲載します。(後半は10月25日に掲載予定です)

手振りも交えながら熱のこもった講演をするムクウェゲ氏

講演タイトル 「暴力のない世界の実現と女性の人権 ~SDGsの視点から」

立命館大学は「平和と民主主義」を標榜しています。これは全ての人が当然、望むべき主張です。暴力で自由を迫害する政権下の人々にとって、叶って欲しい理想です。名誉博士号を授与することで私たちの大義を認め、女性への暴力は地理的国境や社会・文化の壁を越えて全員に関わる悲惨な状況であることを示し、無関心でいてはならないことを表してくれました。そしてコンゴの女性への連帯を示してくれました。

ルワンダ虐殺の影響を受け、コンゴ民主共和国の東部では、20年前から紛争が続いています。加害者は罰せられず、民主主義は拒否され続けています。600万人が亡くなり、400万人が住むところを失いました。そして何十万人もの女性がレイプを受けました。性暴力は、支配と従属の手段として恐怖を植え付け、民族を浄化する「戦争の武器」として使われました。レイプは被害者の人間性を否定し、また女性を通して家族や社会・経済の基盤を破壊し、コミュニティ全体を恐怖に陥れます。この暴力的なレイプに応えるため、私たちは1999年にパンジ病院をコンゴ東部に建てました。

コンゴ紛争

1996年に始まった紛争で、2003年に和平合意が結ばれたが、その後も複数の武装勢力が武力紛争を続けている。一連の紛争で600万人が死亡したと推測されている。

1999年以降、10万人以上の女性を治療してきました。そのうちの5万5000人は性的暴行の生存者です。4万5000人は非常に深刻な生殖器の異常に苦しんでいます。私が手術をしたもっとも若い女性は6か月の赤ちゃんでした。またもっとも高齢な女性は80歳以上でした。毎日、平均10人の性的暴行を受けた患者がパンジ病院に搬送されます。このような紛争下で、私たちは女性の生殖器の先進的な修復技術を身に付けました。心理面でもソーシャルワーカーや臨床心理士が生存者をサポートしています。社会復帰、回復力を取り戻すまでには、長い道のりがあります。入院中だけでなく、退院後も私たちはサポートを続けています。野蛮な行為によって引き裂かれてしまった家族の絆の再建を手助けします。不処罰と戦うために、裁判の弁護士を頼む無料の法律サポートもしています。社会・経済の面では、女性が経済的に自立し、能力を活かせるようにエンパワーメントを助けます。たとえば若い女性が学校に行けるようにする。また大人ですと、読み書きを出来るようにする。収入を生み出す活動を開始するためのサポートも行っています。私たちの包括的サポートの中心には「人」がいます。医療、心理、社会経済、法律という4つの柱があります。1つの場所ですべての答えを得ることができる包括的なサポートは、ワンストップセンター構想としてイラクにも輸出される予定です。

最悪な事態を経験しながらも、再び生きようとする女性の能力に私たちは励まされ、仕事を続けようと決意させられます。毎日、患者のレジリアンス(回復力)に驚嘆します。「苦しみを力に変える」この変化をサポートすることに誇りを感じます。生存者の女性は、村のリーダーとなり変化をもたらす要因となります。自分の権利だけでなく、全ての人の尊厳を擁護する人になるのです。

この包括的なサポートが、全ての性暴力被害者の社会復帰への権利として認められることを願っています。これは女性の尊厳回復だけでなく、SDGs(持続可能な開発目標)の達成を助けてくれる手段でもあります。1日1ドル以下で生活をする女性が自立し、能力を発揮することで目標1の「貧困をなくそう」の対策となります。子どもの教育も優先課題で、女性は母としてそれを望むのです。教育にアクセスできるようにする。将来を見ることができるようにする。目標4の「質の高い教育をみんなに」を達成させてくれます。女性の優先課題には、栄養不良への対策があります。(目標3「すべての人に健康と福祉を」)自分の体と運命は自分で決める。それと共に男女の平和を実現することになります。そして女性は社会の中で地位を獲得することができるのです。目標5の「ジェンダー平等を実現しよう」の達成です。

 

SDGs

「貧困をなくす」「質の高い教育をみんなに」など17の目標達成に向けて国連が2015年に掲げたSDGs(持続可能な開発目標)

立命館大学新聞社 SDGs特集

私たちの責任はしかし、暴力や人の野蛮さを治療するだけではありません。人類の恥である暴力の予防をしていかなければならないのです。暴力がもう一度、繰り返されてはなりません。だからこそ私たちはコンゴの女性や少女に対する暴力の根本的な原因を解決するための運動をしています。地域に蔓延する慢性的な不安定はコンゴ東部の豊かな鉱物資源の利権をめぐる争いであります。世界のコルタンの3分の2の埋蔵量をコンゴは所有しています。しかしほとんどの鉱物資源は隣国のために働く民兵が略奪しています。隣国から世界市場や多国籍企業へと売られているのです。こういった鉱物資源は繰り返される紛争や人権侵害の根本的な原因であり、パンジ病院で2世代に渡る被害者を治療するほどの大規模な性暴力を引き起こしています。

 

コルタン

電子機器の蓄電器に使われる希少金属。スマートフォンなどの発達により、年々需要が増している

実際、様々な調査で紛争鉱物を採掘する地域と女性や子どもへの重大な人権侵害には相関関係があることが分かっています。コンゴはグローバル化、そして技術革命にとって鍵となる役割を演じてきました。自動車産業を飛躍的に発達させたタイヤ原料のゴムから、核の時代の始まりとなったウランまで、常にコンゴは産業と技術の発展の中心にありました。

今日、再びコンゴはエネルギーの鍵を握る国になりました。バッテリーにコバルトを必要とする電動自動車や電動自転車が発展したからです。しかしながら、先進国の環境保護や快適さは、私たちの国の人々の命や犠牲の上に成り立っています。天然資源は、欲が深く良心のない指導者やビジネスマンを除けば、コンゴ国民に恩恵をもたらすことはありません。アメリカのドット・フランク法など良い方向に向かう色々な措置はありますが、十分とは言えません。なぜならこういった法規制はサプライチェーンのすべてに拘束力があるわけではないからです。暴力を無くすために、コンゴ東部の採掘所から製品までの完全なトレーサビリティ(流通段階における追跡可能性)を要求します。これはあらゆるレベルでの世界的パートナーシップによって初めて可能になります。国、経済アクター、そして消費者という3者の間でwin-winな領域を見つけることが必須です。これらの条件が整ってこそ、普遍的な人権尊重を伴う経済のグローバル化が実現できるのです。消費者である一人ひとりがクリーンな貿易を要求し、コンゴ東部の住民の運命を変えていかなければなりません。そのために私は日本に対して、企業クリーンな方法で鉱物を入手するよう監視し、コンゴ東部で25年以上続く暴力の終結に貢献するよう呼びかけます。正義と人権尊重がなければ、持続可能な開発はないと確信しています。

 

ドット・フランク法

リーマンショック後の2010年にオバマ前政権が導入した金融規制。企業に対して、武装勢力の資金源となる「紛争鉱物」が自社製品に含まれていないかを調査する義務を課している。

紛争下の性暴力の被害者たちは「加害者の免責や不処分を無くしてほしい」と私に頼みます。司法に訴えるのが困難で、不処罰が日常化しているため戦闘が収まった地域でも性暴力が続いています。転移したガンのように暴力が社会にはびこり、さらに拡大しています。被害者の声に耳を傾け、加害者を訴追し、被害者に保証をおこなう義務があります。国際刑事裁判所が設置されて20年になろうとする今、ようやく戦争を率いたボスコ・ンタガンダを性暴力で断罪されたことを歓迎します。ボスコ・ンタガンダは大規模なレイプや少女を性的奴隷として利用した犯罪者でした。今回の判決を紛争時のレイプを禁止しおぞましい犯罪として訴追する、各国に行動を促す判例にしようではありませんか。

懇談会で学生と意見を交わすムクウェゲ氏

みなさんの誰もが知っていること、しかしながら知らないふりをしていることがあります。SDGsのいずれもが女性の参加が無ければ実現することはできないという事実です。社会はもはや人類の半分の声を除外できないのです。女性たちは、子どもやコミュニティにとって「何が良いか、何が必要か」を誰よりも知っています。しかし、北京宣言から25年経った今でも男女の不平等は過去の歴史になっていません。その意味で現在のG7の議長国であるフランスが、国際社会が取り組むべき課題のトップに男女平等を掲げたことを歓迎します。また私が共同議長を務めるジェンダー平等諮問委員会は、(ジェンダー平等のための法律に関する)79の革新的な立法措置を特定しました。そして4つの軸に基づいた法律パッケージを提案しました。その4つの軸とは①性別に基づく暴力に終止符を打つこと②公正な質の高い教育と保健医療を保障すること③経済的なエンパワーメントを促進すること④公共政策において完全なジェンダー平等を確保することです。日本を含むG7の首脳は、私たちの勧告を実行することを誓約しました。

北京宣言

1999年に北京で開催された第4回女性会議にて採択さえた宣言。「女性の権利の実現」や「ジェンダー平等」が盛り込まれた

人間の平等や尊厳のための戦いに男性を関わらせなければなりません。私たちは、家父長制や有害な男性らしさという価値観から自分を解放し、女性と共に行動するよう男性に呼び掛けています。「# Me Too」などの世界的運動は男性支配のパラダイムの変化が可能になったことを表しています。

女性に生まれたという理由だけで、非人間的な扱いを受けている世界中の数千万人の身の上に無関心でいることを止めなければなりません。地域と世界で連帯・共同・相互尊重の精神を持って行動し、性暴力の無い世界を作ろうではありませんか。これは単なる夢ではありません。私たちの一人ひとりがそうした社会の実現に貢献できるのです。尊厳のある公正で平和な、そして繁栄した世界を実現するために今日からただちに女性と行動しようではありませんか。

 

質疑応答

Q 性暴力を受けた女性はトラウマを抱えていると思います。パンジ病院では、どういう風に心の傷を乗り越えるための治療をしているのでしょうか?

ムクウェゲ氏;病院に運ばれてきた女性は体も精神もバラバラに崩れた状態です。ある女性は「レイプされた時に死んだように感じた」と言います。心理的な治療が大切なのです。それを経験して初めて社会に戻ることができます。先ほどの女性は「回復してから、また自分の体が好きになった。私自身が好きになった」と言いました。精神的な治療をすることが、性暴力を受けた女性に対してまず1番大切なことです。

Q 性暴力を受けた女性は、村の人々から差別や偏見を受けていると聞きました。具体的にどういう差別を受けているのですか?

ムクウェゲ氏;レイプは人間性を失わせるために行われます。ですので人前で、そして集団で行うのです。夫とか子どもなど周りの人も、見ているわけです。夫も「妻を守ることができなかった」とトラウマを受けます。コミュニティや村人は、女性に対して「もう純粋ではない」と感じるわけです。その反応は「女性は誰かの持ち物」という家父長制から生まれるわけです。いくつかの国では「恥の罪」として、レイプされた女性が石を投げられます。あるいは兄が「家の名誉」のために殺してしまいます。女性はレイプされた後に排除されることで2回、悲惨な目にあうわけです。古い昔ながらの家父長制を止めなければなりません。

立命館大学名誉博士号

学術・文化または人類の進歩のために貢献し、本学に対して顕著な功績があったと認められる人に贈呈している。デニ・ムクウェゲ氏は42人目の授与者である。過去には日清食品の創業者である安藤百福氏(1934年卒)や現マレーシア首相のマハティール氏が受賞している。

後半は10月25日に公開予定です。

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