今年3月に転覆事故が発生した「保津川下り」は、10月で運航再開から3か月を迎える。事故では観光客を乗せた船が転覆し、船頭2人が死亡した。事故後初となる紅葉シーズンを前に、運航会社である保津川遊船企業組合(京都府亀岡市)は安全対策の周知に努めている。

=2021年11月14日、京都市西京区
保津川下りは、京都府亀岡市から嵐山(京都市右京区)までの桂川(保津川)を日本の伝統和船・高瀬舟で下る「川下り」。約16kmにわたる区間を1時間半から2時間かけて下る。ミシュラングリーンガイド一つ星に認証されており、外国人観光客も多く訪れる京都の観光名所として知られている。
コロナ禍前の2019年、保津川下りには24万人を超える観光客が訪れた。新型コロナウイルス感染症が拡大した2020年には約9万6千人まで落ち込んだが、2022年には約19万7千人まで回復。2023年1月から3月の各月の乗船人数は2019年比で100%を超え、さらなる観光客の増加が期待されていた。

=2021年11月14日、京都府亀岡市
転覆事故発生、運航停止に
3月28日午前11時ごろ、急流で知られるポイント「高瀬」において、保津川下りの船が岩に衝突して転覆する事故が発生した。この事故では、乗客25人と船頭4人が落水し下流に流され、乗客は全員救助されたものの船頭2人が死亡した。事故直後に現場で救助活動の指揮を執った、保津川遊船企業組合営業統括理事の豊田覚司(さとし)さんは「保津川下りが始まって以来の大きな事故だった」と当時を振り返る。

=10月10日、京都府亀岡市
事故では、舵(かじ)担当の船頭が舵を空振りする「カラ舵」状態となってバランスを崩し船尾から落水。他の船頭が船尾に到達し航路の修正を図ったが、舵を正常な位置に戻せず岩に激突し転覆したと同組合は発表している。この事故により、保津川下りは運休を余儀なくされた。事故を巡っては、国の運輸安全委員会が調査を続けている。

=2020年3月25日、京都市西京区
事故の後、同組合に設置された事故対策本部では、舵持ちが落水したことや船が操舵不能に陥ったこと、緊急通報・救助要請に時間を要したことのほか、救命具が作動しなかったことが問題点として挙げられた。
保津川下りでは国土交通省の承認を受けたベルト型の救命胴衣を使用しており、手動膨張式と自動膨張式を併用していた。事故時に乗客が身に着けていた救命胴衣は、7人が自動膨張式であったのに対し、残り18人は手動膨張式。事故による落水時、自動膨張式は全て正常に膨張した一方で、手動膨張式では約半数の乗客が開くことができなかった。事故後、乗客に行われた聞き取りでは「手動の紐が分からなかった」「引っ張る余裕がなかった」などの回答があったという。
安全対策強化、再発防止に向けて
これらの課題を踏まえ、保津川遊船企業組合はさらなる安全対策の強化に踏み切った。具体的には、事故前には85cmとなっていた運航休止の基準水位を、事故時の水位が基準以下の69cmであったことから65cmまで引き下げた。豊田さんは、基準の厳格化による運行可能日の減少は売上の面では打撃だとしつつ「もしもの事態に備えることが必要だ」と対応の意図を説明した。このほか、船頭の落水対策も行われ、舵持ちの落水防止のためのストラップや安全ロープ、舵の落脱防止のための装置も設置された。

=10月10日、京都府亀岡市
また、乗客の救命胴衣の更新と着用の徹底も行われた。今まで使用されていたベルト型の救命胴衣は廃止され、冬期はベスト型の固型式救命胴衣、夏期は肩掛け型の自動膨張式救命胴衣の着用が乗船の条件になる。救命胴衣を正しく装着できない身長80cm以下の人については今後、乗船を断るという。
運航再開、紅葉シーズンへ
事故から3か月を迎える7月19日、保津川下りは運航を再開した。豊田さんは再開に踏み切った理由について、安全対策の見直しを実施できたことに加え「多くの方々から再開を望む応援をいただいたため」と話している。
再開後、保津川遊船企業組合では安全対策を記載した「保津川下り安全パンフレット」の配布を行っている。豊田さんはパンフレットの内容について「理解していただくのは難しいと思う」としつつ「どのような安全対策を行うか、多くの人に知っていただき信頼を取り戻すのが使命だ」と語る。

死者を出した事故の影響は大きく、例年予約の多い修学旅行生は90%以上がキャンセル、年間2万人ほどを予定していたが本年度は2千人を切るまでになったという。しかし、運航再開の翌月には、コロナ禍以前である2019年の60%程度にまで乗船人数が回復。再開から9月末までの間に約3万4千人の観光客が訪れている。

(保津川遊船企業組合提供)
保津川下りでは例年、紅葉が見頃を迎える11月下旬に一年で最も多くの観光客が訪れる。豊田さんは保津川下りの魅力について、保津峡の美しい景観やスリルある急流、静かで水鏡になる深淵を堪能できることだという。また江戸時代から継承され、亀岡市民俗無形文化財に指定されている船頭の操船技術を魅力の一つに挙げ「船を操船する船頭の操船技術は圧巻だ」と話す。
保津川下りの歴史は400年以上続き、現存する船下りでは日本最古の歴史を持つ。丹波の特産品を運ぶ水運として始まった保津川下りは、明治に入り観光客が乗る遊覧船と移り変わり、英国王室などの国賓が乗船したこともあるという。豊田さんは、京都の大学には府外から来ている学生も多いことに触れ「京都で過ごす4年間で、アトラクションであり伝統文化でもある保津川下りをぜひ体験してほしい」と語った。
(小林、小室)