立命館大学新聞のコラム欄「海神(わだつみ)」。記者が日々の思いを語ります。

プロ野球のシーズンが終了へと近づくとともに、今シーズンもまた選手たちが引退を決断した。私がずっと応援してきた選手も引退試合を終え、ユニホームを脱いだ。中学3年間の部活でしかスポーツに打ち込んでこなかった私には想像できないほど現役生活の中に多くの苦楽があったことだろう。

人々を巧みなプレイで惹きつけ、さまざまな感動を与え続けてきた。この感動の根源は活躍した年月の長さだけではない。獲得したタイトルの大きさだけでもない。ベテランと言われるようになってからも技術の向上を目指し、試行錯誤したり、引退を決めてもなお準備を一切怠らなかったりする、その野球への熱量の大きさが根源にあるのではないか。

熱意を持って「何か」に取り組んだことはあるだろうか。その「何か」に対し、できる限りの努力をし続けてきただろうか。長期間、熱量を維持することは難しい。気持ちに波があったとしても一定の熱意を保ち「何か」に向き合うことに意味がある。

スポーツに限らず仕事でも芸術でも勉強でもなんでもいい。ある意味では趣味でもいいのかもしれない。大きくなくていい。胸を張って最後までやり切ったと言える「何か」を経験することで、それがきっと心のよりどころとなるのだろう。

でも、焦って無理に「何か」を見つけようとするべきではない。いつか、振り返ったときに「これだけはやり切った」と言えるものができればいいのだと思う。

(矢野)